石田 誠  南蛮の器 展 [南蛮・白磁・紅毛手]

2006/3/11(土)−18(土) (会期中無休)
 
[作家在店日11・12]

今年で2回目となる石田さんの個展。
今回は、薪窯の南蛮焼き締めの器を中心に、
凛々しさを更に増した白磁と、
H.worksでは今までご紹介する事の少なかった、
白い器の紅毛手もご覧頂きます。

薪の窯焚きが展覧会直前の2月末にあった事もあり、
また、火が入っている窯を見たくて、
邪魔になるかもしれないと思いつつ、
再び石田さんの工房のある松山を訪れたのでした。
バスに揺られること50分。バスを降りてから、
山間の細い道をしばらく上がっていくと、
黒煙が立ちのぼっている景色が見えてきました。
『あっ、やってる〜』逸る気持ち抑え、
まずはその景色をデジカメにおさめて・・・(↓下画像)

窯場に着いたのは、焚き始めて2日目の丁度正午。
火入れの時や、窯詰めされた様子も見たかったのですが、
お店をそうそうお休みにするわけにもいかないので、
それはまたいつかに取って置いてと・・・
(また来るの!?と言われそうですが)
到着時石田さんは、いつも石田さんの窯焚きを
お手伝いしてくれている廣谷さんと談笑中。
3昼夜の長丁場。体力温存タイムの様でした。
その時の窯の温度は800度ぐらいになっていて、
最終的には1150度ぐらいまで上げるそうなのですが、
でも一気にではなく、中の器の焼け具合を確かめながら、
薪をくべ、ジワジワと上げていくのでした。
他の焼き物が[焼肉]なら、南蛮は[煮物]だと
表現されたのは、とてもわかり易かった。
くべた薪が完全に燃焼すると、
白くてキラキラ、フサフサした熾(オキ/炭火)になる。
黒く焼け残った薪があるという事は、
器も生焼けになる可能性があるという事なので、
とにかく綺麗な熾を作り、それを窯一杯にする。
なかなかこの熾は、薪を燃やせど燃やせど、
簡単には積もってくれないようだ・・・
煙突からの煙や炎の出方の変化を見ながら、
4箇所ある焚き口を覗き(口を塞いでいる熱いレンガを一々どかし)、
薪の燃え具合と、火の走り方も見て、
窯の中に斑の無いよう薪をくべていく。
足場の悪い斜面を上がったり下がったりしながら、
積み上げられた薪を焚き口近くまで移動させる。
(足腰はかなり強くなりそう。)
あるタイミングで、薪をガンガン入れて温度を上げ、
強還元という焼成方法にしていくそうなのですが、
そのラストスパートをかけるタイミングによっては、
この窯の焼き上がりが大きく変わるとあって、
石田さんはその見極めにとても慎重になっている(いつに無く)。
自分の経験と感覚(勘)だけをたよりに、勝負をかけるようです。

窯の隙間を埋める{目塗り]の
作業中。熱を逃がさない為。

2日目の昼過ぎ。

窯場奥に、今回石田さんが作った
ご自慢の仮眠スペース。海の家風。
手前でも一人寝ています。3日目の朝。

そのタイミングは当初の予定より遅くなり、
何人かいた助っ人達が帰った後(私も)、
結局は石田さんと廣谷さん2人でその時を迎え、
足がよたつきながら、[いけいけどんどん]の攻め焼きをし、
ゴールしたのは夜中の12時だったそうです。
後日(窯出し前)、石田さんが言っていたのは、
[自分の気持ちがぶれないのはよくないから、
あえて今回は焼き方を変えてみた]と。
[もっと良い物を]という貪欲な気持ちがあるからのようです。
でもそれが吉と出るか、凶と出るかはわからないらしい。
なのでそれは、展覧会までのお楽しみ、
ということにしておきましょう。

薪をくべる廣谷さん。
ご自身も、南蛮の窯を持ち、
作陶している。
2児の母でもあり、
なんとも頼もしい人なのだ!

3日目は昼過ぎまでは
雨がしとしと。昼過ぎから
空がだんだんと
明るくなっていった。

焚き口から炎が吹き上げる。3日目。

3日目昼過ぎ。
高く積み上げられていた薪が
半分位までの高さになり、
窯場の視界が開ける。
辺りの緑が目に優しい。
そして、薪が足りなくなるかもと、
薪割りを始める廣谷さん。
器と物々交換して手に入れた
薪割りマシーンで。

その時々で窯から出した、
焼け具合を確かめる器[色味]。(↑)
中も見る為割っている。(↓)

手前にポット。真ん中に
徳利らしき物。奥が壺っぽい。
写真のネガを見ている様。

ここに白くてキラキラ、
フサフサした熾を
撮ったつもりなのですが、
肉眼で見えてるようには
まったく撮れていないんです・・・
すごい綺麗だったのに!
焚き口の熱さに耐えられる所まで
手を伸ばしたのですが、
何枚撮っても上手く写らなかった。
デジカメが壊れないか
心配になりはじめ、諦めました。

上画像は、窯場を覆う屋根を支える柱の数々なのですが、
どこもかしこも鎹がこれでもかと言うくらいに打ち込まれていて、少し笑えます。
聞くと鎹だけで組み立てているそう。寄りかかってはいけない柱もどこかにあるらしい。
所々ビニールひもなのも恐いですねぇ。

私が居た間にも10人は人の出入りがあったでしょうか。
焼き物をやっている人とは限らず、年代も職種も様々な人々。
交友関係が広く、色々と力を貸して下さる方々に
石田さんは囲まれているようです。
夜中になっても一人、二人と訪ねてくる方がある。
電灯も無い真っ暗な中を・・・ 午前3時をまわっていらした方は、
猪の肉とご自身で採ってこられたわかめを差し入れて下さり、
お肉は持参の七輪で焼いて下さるというサービスまであった。
眠くて辛い作業の中にも笑いが絶えず起こり、楽し現場になっていた。
一番しんどいはずの石田さんは、鼻歌交じりでいつもと変わらぬ調子。
ラジオから流れてきた、山下達郎の[高気圧ガール]が意外にも
ラテン調で(ラ・ラ・ラ・・・・と歌い上げるところが)、いたく気に入っていた。
気負わず、焦らず、そして陽気な石田さんの性格が人をホッとさせている。

石田サポーターの皆さんと寛ぐ一時。

今年も続いていた。
男松の商売繁盛祈願。

窯場でやたら目にした、
やけに足が長いカメムシ。
[イタリアンカメムシ]
と名付けられていた。
カメムシじゃないと、
鼻に近づけた人がいたが、
もの凄い形相に変わって、
大笑いとなる。

耳を澄ますと、
キツツキが木を突く音が
響いていたり、とてものどか。
夜、窯場にはコウモリが
舞い込んで来た時は、
びっくりしたが。

剥製ではありません。ペットのロニーです。
食肉用としていただいた、
アメリカ産の鶏なんだそうですが、
大きくなり過ぎて(かなり大きい!)、
もうお肉としては硬くて、
食べられなくなってしまったらしい。
この鶏、昼夜問わず一日中鳴きっぱなし。
(かなりうるさい!)
よく見ると、毛並み(?)や、羽の柄、
目や鶏冠もとても綺麗な鶏でした。
ロニーと戯れて楽しそうな石田さんです。

[番外] 今回も松山巡りを少しして帰りました。道後温泉につかり、少し足を延ばして、白壁の町並みのある内子へ。
そして、[ku:nel]でも取り上げられていた、予讃線に乗り、海を眺めるぶらり旅です。

内子の町では、家の軒下で、伊予かんやみかんの
無人販売をしている所が多く、伊予かん好きなので、
安いから買いたかったのですが、荷物になるので諦め、
その脇にあった干し芋を買って帰りました。
今まで自分で買った事はなかったのですが、
半生感がとても美味しそうに見えたので・・・ 
甘くて、見た目通りにとても美味しい干し芋でした。
お金は、家の戸の隙間から突き出ている
筒状の竿に投入します。(左画像)
[サラサラーカン]と音をたて、金属っぽい容器に
お金は落ちました。お菓子の缶ぽい・・・などと、 
戸の向こうがすごい気になります。
直ぐそこに人が居るんじゃないかとか、
そこは茶の間だろうかとか、『ありがとうございます』と
声がしたら嬉しいなとか(本当に言われたら驚くが)。
竿の向こうに勝手な想像がふくらみました。

[予讃線の車窓から]

誰も窓の外など見ていない。
それどころか、海側の窓には、
日差し避けのスクリーンがほとんど
下りていた。そんなもんですね。

真っ黄色に塗られた漁船。
おもちゃみたいで、可愛く見えた。

線路沿いに菜の花。
春らしい景色。

飛行機雲(?)
一直線に天に昇る。

たった一車両。途中12分も一駅で停車していたが、30分ぐらい海沿いを走る。
沈みかける太陽の日が射し込み、車内も暖かくて気持ちいい。ぼーっと出来たいい時間だった。

昨年、石田さんを松山に訪ねた時のページはこちらからどうぞ。
石田さんの焼き物の事、窯の事がもう少し分かるかと思います。
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